雨男博士の日常

異分野横断研究

コリウールの要塞

おはようございます。
雨男です。

先々月くらいに、職場でふらふらと廊下を歩いていると、
ふと異分野の先生から声がかかり、
異分野横断研究に誘われました。
出会いというものは突然に、といった感じで、
雨男の研究分野と隣接する2分野で、
合同研究会とフィールド調査が決定。
上司とともに参加することに。

コリウールの垂直にそびえる要塞のように、
なかなか研究分野というものの
壁を乗り越えることは難しいのですが、
チャレンジする価値はあります。

昨晩はその会合。
素朴ながら本質的な質問を交え、刺激的な議論がかわされました。

問題は、どうやら事務的な作業などの多くが、
合同研究する他分野の後輩にのしかかってしまっていること。
一昨日も急な変更があったらしく、
その愚痴につきあっていました。

せっかくの機会、後輩たちにとってもプラスになるようにしたい。
陰ながら彼女を支えることが雨男の仕事だろう。

と、いうことで今日も仕事を頑張ってきます.
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  1. 2012/09/27(木) 07:19:47|
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トラックバックテーマ 第1516回「あなたにとっての懐かしのゲームって何?」

こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当ほうじょうです。今日のテーマは「あなたにとっての懐かしのゲームって何?」です。新しいゲームソフト、次世代のゲーム機がどんどん発売されてゲームはどんどんきれいに、すごくなっていきますねしかしゲーム好きなあなたにもあるのではないでしょうか?「自分にとっての懐かしのゲーム」……その人の年令やゲームのやりこみ度によって、どんなゲームが昔好きだったか、全然違う...
トラックバックテーマ 第1516回「あなたにとっての懐かしのゲームって何?」



こんばんわ。雨男です。
今回トラックバックテーマというものに初挑戦してみます。

テーマ:あなたにとっての懐かしのゲームって何?



雨男はクロノトリガーをあげたいとおもいます。

クロノトリガーとは!
1995年3月11日に、スクウェア(現スクウェア・エニックス)から発売された日本のスーパーファミコン用ゲームソフト(Wikipediaより)。

ゲームのストーリーは、主人公の少年「クロノ」、実は王女様の「マール」と出会い、幼馴染「ルッカ」が発明した物質転送マシン「テレポッド」にまきこまれ、中世、未来、原始、古代へと時空を超えて冒険するものです。各時代で出会う仲間たち。そして知ることになるその星の真実と未来。といったRPGゲームです。

スーパーファミコン史上最高傑作といえる、このRPGゲーム。
そのゲームとしての完成度の高さは、
よく知られていますので、
ここでは当時の小学生がどのようにこのゲームにのぞんだのか、
雨男の原体験をもとにお話ししたいと思います。

1994年だったかとおもいます。
ファミ通に掲載されたニュースは、とある田舎の小学生ゲーマーに衝撃をもたらします。

スクウェアとエニックスが共同でRPGゲームを作るらしい。

ファミ通紙面にはこうありました。
『ファイナルファンタジーシリーズ』(以下、『FF』)の坂口博信、『ドラゴンクエストシリーズ』(以下、『DQシリーズ』)の堀井雄二、そしてなんと漫画家の鳥山明がキャラクターデザインを担当する、と。

”馬鹿な。あるはずがない”

ある大物ゲーマー(小学生)は、帰り道、口にします。

今となっては、スクウェア・エニックスという会社名が定着しましたが、
当時はスクウェアとエニックスはライバル。
そして、小学校クラス内は
”硬派で真面目なDQ派”、
”技巧派で都会的なFF派”という2大派閥で占められていました。

DQは奥行き深いストーリーと個性的なモンスター。
そして、長時間かけなければクリアできないという難解さが
人気でした。
クリアしたのち、感極まり号泣した小学生も少なくないでしょう。

たほう、FFもまた独特の世界観があり、ジョブシステムや多用な魔法など、
ゲームとして楽しめる内容。
DQとの大きな違いは簡単にセーブ(ゲームを途中でやめる際、記録をとること。)できる
といった利点がありました。

これはゲーム時間をめぐって
親と決死の攻防戦を繰り広げた当時の小学生にとっては
死活問題。

DQはセーブするまでに時間がかかるので(しかもDQ1、2は暗号式!)、
クリアするまでに相当の苦労をしなければならなかったのです。

そのため、DQは国公立大の入試、FFは難関私立の入試といってもいいかもしれません。

当時、クラス内では
DQ派の議員は、”FFは簡単にクリアできるゲーム。ゆとりwwwww”(しかし実際にはFFもしている)。
FF派の議員は、”いつになったら次のDQでるのwwwwそれまで永久にレベルでもあげてたらwwww”
(そうです、ドラクエはなかなか次作がでなかったのです。)
と熱い論戦が繰り広げられていました。

そんななか、もたらされた報道。

所属議員たちに疑惑と困惑が生じたのも無理はありません。

しかし、次々と明らかとなってゆくクロノトリガーの実態。

中世の騎士はカエルらしい。
おい、原始人までいるぞ。会話なりたつのかよ。
DQ派としてはストーリーの重厚さは死守したい。
FF派はセーブポイントの保持を要求する

期待と不安が入り交じる中、
1995年3月.クロノトリガー発売.

はじめて画面をみつめたとき。
カチカチッという時計音からはじまるOP映像をみた瞬間。
期待と不安は、確信にかわります。

このゲームは、かつてない

作り込まれた世界観とグラフィックの美しさ.
戦闘シーンなどの新しさ、セーブのしやすさといったFFの利点と
DQ的なクリアまでの困難な道程。
そして強くてニューゲームという新しい試みと
いつでもラスボスに挑戦でき、複数用意されているエンティングという
何回もゲームを楽しめるシステム。
そして植松信夫先生が作曲された珠玉の作品。

それはFFとDQの良質な部分を見事に融合させた最高傑作でした。

忘れられた過去へ、はるかなる未来へ、そして時の最果てへ・・・。

クロノトリガーは、当時ゲームに若き情熱を傾けた両派閥融合の象徴としても
日本ゲーム史のなかで輝き続けることでしょう.
  1. 2012/09/23(日) 23:30:19|
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ローマ帝国の土器 Vol.2

こんばんわ。
雨男です。

今日はローマ帝国の土器つくりを紹介したいと思います。

いまから2000年くらい前の土器とは
思えない技術がつかわれていますので、
日本の土器つくりと比較しながら紹介しましょう。

型

まず、ローマ帝国の土器は型づくりです。
土器表面の文様は、
写真右の型に押し当ててつけるのです。

このころは日本では弥生時代。
型づくりで文様をつける技法は用いられていません。
ひとつひとつ道具で文様を描いていました(これはこれで重要な文化です)。

失敗品

次に失敗品からわかること。
それは、何枚も土器を重ねて窯で焼成しているという重ね焼きの手法。
日本では当時20個前後の土器を平坦に並べて
焼いていました。
こういう重ね焼きが導入されるのは、平安時代になってからなので、
ローマに比べて千年遅れています。
ローマでは都市人口や軍団兵士たちのために
大量に作るひつようがあったのでしょう。

ローマ時代の窯

最後に窯の構造!
もうすでに窯を用いていることが驚きです。
中国では紀元前3000年くらい前からありますが、
日本では5世紀。ですから、ローマの技術がいかに先進的であったかわかります。

大英博物館にて

偉大なるローマ帝国。
そのひとかけらから過去の栄光を感じることも可能なのです。
  1. 2012/09/20(木) 21:50:01|
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結婚式のスピーチ


こんばんわ。
雨男です。最近、すこし体調を崩していました。。。

週末は親友の結婚式に招かれました。
大学院時代の苦楽をともにした親友。
その彼の人生の節目に出席できて、うれしかった。

そして、友人代表でスピーチを。

学会発表やいろいろな場面で
人前で話すことが多い雨男ですが、
結婚式でのスピーチははじめて。

しかも、親友の結婚式、けっこうな名士がくるらしく、、、
緊張感が。。
しかも上司も同席っていうのが胃液の分泌を活性化させます。

とはいえ、新郎のすばらしさを伝えることが一番大切。
いろいろと昔のことなどを思い出していました.

思い出せば、思い出すほど、、、、
思い出されるロクでもない思い出
上司に珍獣扱いされたこととか、
博物館の噴水でシャワーあびたこととか、、、、

ま、新郎のすばらしさを伝えることが一番大切。

結婚式当日。
二人らしく新古典主義という感じの式場で、
披露宴がはじまりました。

やはり緊張しますね。

食事の味がわかりません。
景気付けてしゃべってこい!という上司にやたら酒をつがれ、、、
意識は朦朧

とうとうスピーチの時間。

まずは定型文。出だしからカミます。。。
そして新郎新婦との出会い、新郎のすばらしさ、
そしてこれからの二人を祝う言葉と
わりかし感動的な内容で、
無事スピーチも終了。
けっこう自分でも真面目にうまくスピーチできたのでは。。。。
ないかなぁと思っていたら、、、

司会「雨男様、ゆかいなスピーチありがとうございました」

って、っちょ!
ゆかいなって!

俺、真面目にスピーチしたよ。
当社比1.5倍くらいの感動的なスピーチなはずだったよ。

新郎「雨男、場を和ませてくれてありがとう」

え、俺、そういう役回り!
いや、けっっこう真面目にスピーチしたよ。

うーっん。

でも上司は「雨男君、スピーチがうまくなってきたな」

何が正解で何が失敗なのかわかりませんが、
ま、よろこんでもらえたから、オールオッケーかな

ということで、
雨男の真面目なスピーチの締めくくりを記しておきたいと思います。

「新郎の○○さんは いつも人の輪を大切にされます
今日 ここにお集りいただいた方々も そのことはよくご存知だとおもいます
わたしも○○さんとともに 彼方此方でかけたところで
その輪に 加えていただきましたし
そのおかげで 私の輪もひろがってきました
今後 おふたりの輪は ますますひろがってゆくかと思います
そして おふたりならきっと その輪を大切になされてゆくのだと思います
できれば 私もその輪に加えていただければ と思いますし
みなさまとともに おふたりの輪を見守ってゆきたいです

本日は このような素晴らしい席にお招きいただき 本当にありがとうございました
つたないお話では ございましたが 以上をもちまして お二人への
ご結婚のお祝いの言葉と かえさせていただきます
○○さん ○○さん どうぞ 末永くお幸せに」

親友よ、末永くお幸せに!
  1. 2012/09/19(水) 23:23:05|
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自然のなかで


あはようございます。
雨男です。

昨日は、職場付近でスズメバチが巣を作りはじめたため、
その除去を業者の方にやっていただきました。

これから凶暴化するというスズメバチ
はやく除去するにこしたことはありません。

手際よく退治される職人技に、舌を巻きつつ
これ幸いと、スズメバチについていろいろと
質問していました.

そのなかで、ふと業者の方が
「人間が自然のなかにはいってきたのだから、蜂も驚いているのだよ」と

たしかに、そうだな、と

自然に対する畏敬というか、そういうものを思い出した気がしました。

クリアファイル

このクリアファイルの1つを8月に九州の博物館でふと購入しました。
空間構成がすばらしく、思わず手にした一品。
江戸時代の画家、伊藤若冲の『玄圃瑤華』などがモチーフです。

芸艸堂さんから販売されています。

自然を愛し、見事に描いた若冲。

時間をみつけて、彼の作品を見に行きたいと思っています.
  1. 2012/09/14(金) 07:19:06|
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ローマ帝国の土器 Vol.1

すべての道はローマに通ず。

こんばんわ、雨男です。

ローマ帝国

旅の記憶をブログに記したいとおもいます。


陶芸に興味がある雨男ですが、大英博物館やルーブル美術館で
見かけて以降、気になっている土器があります。

それがこれ。
シジレ2
Terra sigillata

ローマ帝国版図で作られた陶器です。
(こくうさん、リクエストにおこたえします!)

趣味で調べ始めたら、なかなか面白くて、
いろいろと勉強中です。

さて、

ローマ帝国とは、紀元前27年からヨーロッパ南部で栄えた古代帝国です。
ローマ帝国版図

もっとも栄えたのはトラヤヌス帝治世下の117年。
だいたいイギリスからエジプトまで。
すこし後が漫画テルマエロマエの時代ですね。

上の地図は395年ころ。
ローマ帝国が東西に分裂した頃です。
ローマ帝国の滅亡については諸説あり、神聖ローマ帝国の取り扱いなど、
難儀するのですが、ま、それはおいといて。

とにかく広大な版図を誇ったローマ帝国。
都市計画や道路など、ヨーロッパのその後の歴史に大きな影響を与えました。

ロンドンやコルチェスターといったイギリスの大都市も
ローマ帝国の植民都市にその起源があるといえば、
その影響の大きさがわかるでしょうか。

さーて、前置きはこのあたりにしましょう。

しじれ

このTerra sigillata

小さい器は、ローマ帝国の軍隊用であったといいます。

この小さいお皿で給食が配られたのでしょう。

ローマ兵士

そしてこの赤いローマ帝国の土器は、
ローマ帝国の領土拡大とともに
広がっていったといいます。

とはいっても、軍隊という側面だけではないのですが、
それはまた今度お話ししたいと思います。

でも、この赤い土器、型作りで文様が浮き彫りとなっていて
芸術的です。

栄華を極めた古代ローマ帝国の豊かさも器にあらわれている気もしています。
  1. 2012/09/13(木) 21:29:26|
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Still Shinin'

雨男です。

昨日は、長年頑張ってきた
とある研究プロジェクトの報告書が最終完成

長かった。

そして、この研究プロジェクトに関わった一人一人に
ありがとうといいたい。

雨男の好きなようにさせてくれた上司。
時には厳しい言葉もあったけど、見守ってくれた先輩。
支えてくれた後輩たち。
そして、励まし合い、助け合ってプロジェクトを進めてきた同僚。
このチームは。。。。。最高だ。

報告書の一文字一文字を噛み締めるように眺めながら、
調査がはじまった頃の先輩との会話、
汗水流した調査中、同僚と語らい合った言葉の数々、
調査に直接かかわっていなくとも
バトンを引き継いでくれた後輩たちの献身的なサポートと
真摯な眼差しを思い出し、
ふと涙腺が。

いろんな思いを背負って、最後まで力を尽くした自負はある。
だけど、もっといいものにできたのではという
後悔もある。

だけど、
いまは素直にこのプロジェクトに関わった
メンバーに
”ありがとう”と感謝したい。

志をともにした仲間に出会えて本当によかった。

次は、
こういう仲間ができてよかったと
後輩たちがおもえるような環境をつくってゆくことが
雨男の仕事だろう。


  1. 2012/09/11(火) 06:35:33|
  2. 日常
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オヤジの言葉


おはようございます。
雨男です。
週明けは晴れかなと思っていたら、雨っぽいですね。
ま、雨には雨の日のよさがある。
今週もがんばっていきたいとおもいます。

さて、座右の銘ってあるでしょうか?

雨男にはいろいろとありますが、
田中角栄氏が秘書早坂氏に語った言葉が
座右の銘の1つです。




田中角栄が私にこう言ったことがある。

「頂上を極めるために、いちばん大事なことは何だと思うか」

「むろん、味方を作ることです」

「それはちがう。無理をして味方を作ろうと思えば、
どうしても借りを作ることになる。
相手に愛想笑いをする。
腰を引いてしまう。
揉み手をする。
すり足になる。
そうしてできた味方は頼りにできるのか。できない。
無理して作った味方は、いったん、世の中の風向きが変われば、
アッという間に逃げ出していく。
そうしたシロモノがほとんどだ。だから無理をして味方を作るな。

敵を減らすことだ。
自分に好意を寄せてくれる人たちを気長に増やしていくしかない。
その中からしだいに味方ができる。
そのためには、他人、とくに目下の人をかわいがることだ。
誰にも長所がある。
それを引き出すことだ。
いばるな、どなるな、言えば分かる。
手のひらを返すような仕打ちをするな。
いつでも平らに人と接することだ」

まー頂点を極めるつもりはありませんが。ハハハ
大切な言葉です。

昨日は、とある大きな研究会の打ち合わせでした。
それを成功させるためにも
上の言葉を反芻しています。

賛同者も増えてきた。
新しい研究の潮流をつくり上げてゆくためにも
学界をおおいに盛り上げていこう!
  1. 2012/09/10(月) 08:23:46|
  2. 日常
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朝型


おはようございます。
雨男です。

もともと夜型の雨男ですが、
すっかり朝型になってきました。

11時くらいに寝て、朝6時起床。
そして論文や書類の作成を。

朝はいいですね。
朝ご飯きっちり食べて、今日も一日頑張ろう。

あさごはん
  1. 2012/09/07(金) 07:02:29|
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巨匠カラヤンの教え

こんばんわ。雨男です。
秋の夜風を感じるようになってきました。
音楽をききながら、ゆったりしたいものですね。

最近、オーケストラを聴くようになりました。
親父の影響で小さい頃から交響曲はよく聴かされていたのですが、
最近、とくに。

まだまだ詳しくないのですが。

でも、動画で指揮者のうごきをよくみています。

というのも
最近、仕事関係で”指揮”が求められる雨男。

これまでは、自分の楽器を演奏していれば良かったのですが、
コンサートマスターのような役割や
指揮者のような役割が増えてきました。

まだまだ交響楽団を指揮するって感じではないのですが。

”指揮”。
これは難しいな、と思います。

いろいろと悩む日々を過ごしていたのですが、
そんな時
小澤征爾さんとカラヤンという巨匠同士の対談映像をみかけました。



対談を通じてやさしく小澤さんに指揮の極意を伝授するカラヤン

彼は言います

「わたしは何度もいうのです。あまり指揮をするな、と。
楽団が動き出したらじゃまするな。
楽団自体でできるのだから、とね。」

「私が若い頃、乗馬の練習をしていたのだけど、
明日はジャンプをやってみるという晩、
興奮して眠れなかった。

馬を持ち上げるには、、、
馬の口の前に何を持ってこればいいのかと悩んでね。

でも、教師が
「君が馬を持ち上げてジャンプさせるのではなくて、
馬が君を乗せたままジャンプするんだ」と。

「馬が塀の前に来たら、すべてを馬にまかせてじゃまをするな。
そうすれば、気がついたら塀の向こう側にいるよ」」

これはクラッシックマニアの親父に言わせると
彼と彼が率いたベルリンフィルとの関係が
背景にあるのだと言うことなのですが、
仕事のうえで、とてもヒントとなりました。

”あまり指揮をしない”ということ。

カラヤンが述懐するように、非常に難しいことです。

ついつい細かな指示をだしたり、、、
自分の思い通りにしようとしたり、、、、

でも、
全体の調和を整えるには、自分の考え方を示し、
あとは相手を信頼することが大切だと。

この秋と冬。
調査や研究会の関係で”指揮者”としての役割が
求められる雨男。

巨匠の言葉を、心にとどめておきたいと思います.

  1. 2012/09/05(水) 22:23:50|
  2. 日常
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旅の思い出 〜マドレーヌ寺院@パリ〜

こんばんわ。
雨男です。

しばらく旅の予定がないので、
これまでの旅の記録をしたためていこうとおもいます。

今回は、マドレーヌ寺院(フランス語:Église de la Madeleine)。
オペラ座近くにある
聖女マグダラのマリア(キリストの死と復活を見届けたといわれる聖女)を
守護聖人とするカトリック教会です。

マドレーヌ寺院入り口

入り口はコリント式と呼ばれる
古代ギリシャ建築様式。
このマドレーヌ寺院が築造されたのは
18世紀。
あれれ、なぜにそんな古いギリシャのデザイン、
とりいれたのーと疑問。

お答えしましょう(って誰だよ)
このマドレーヌ寺院はネオクラシックと呼ばれる建築です。

ネオ・クラシック様式とは。

18世紀後半以降
古代ギリシャ・ローマへの芸術・文化回帰運動のことです。

その出現背景には大きく2つの動きがあります。

十八世紀フランス宮廷を中心とした美術様式である
優美で繊細、女性的なロココ様式の反動があったのが1つ。

あと1つはポンペイなどの発掘調査(1748年〜)によって
復古主義的な動きがあったことです.

いりぐち

このネオクラシック。
ただ単に懐古趣味といったものではありません。

マドレーヌ寺院が建造されたのは
激動のフランス革命をはさんでの時期。

王朝への反発と打倒、革命

破壊と再構築

大きく揺らぐ価値観

そのなかで
彼らが見いだしたのは.ギリシャ・ローマという
ヨーロッパにおける栄光の歴史の再発見でした。

ギリシャも”市民”が主役でしたし、
貴族趣味的なロココを捨て去り.
古典を再発見する機運が高まったのでしょう。

単に古典のまねをするだけでなく、
現代にあわせたアレンジがすばらしい.

聖マグダラのマリアの歓喜像

マドレーヌ寺院の主祭壇は聖マグダラのマリアの歓喜像

教会の椅子に座り、マリア像をながめながら、
古典を生かし、新しさを追求するヨーロッパ文明の
奥深さを味わいました。

いい旅の思い出です.
  1. 2012/09/03(月) 22:37:20|
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突然の風にふかれて


こんばんわ。雨男です。

9月にはいって、この1月を充実させるために、
目標をたてることに。

10月末締め切りの原稿が2本。
投稿したい論文が2本。
学会発表1本(9月)。
学会関係記事1本。
それと冊子作り1冊。
簡単な報告文6本。
ノルマとしたいことを考えるとこれくらいかな。

1つ1つ日程の区切りをつくって仕事を
こなすようになったのですが
どうしても論文があとまわしになってしまってたので、
今月はこのうち1本を仕上げたい。

夜は11時に寝て、早起きして論文書きたいと思います。
(宣言!!!)

記録として。

さて、今日は9月半ばにお招きされた
結婚式でスピーチを頼まれました.
ほぼ毎月、学会や市民講座で
発表を引き受ける雨男ですが、
結婚式でのスピーチははじめて。。。。

親友の晴れ舞台

心より祝福したい

しかし、ボケたほうがいいのか、
心を狂わせるKANSAI State Of Mind

大切なのは新郎の人柄をうまく伝えること.

よし、じっくり考えてみよう
  1. 2012/09/02(日) 22:57:15|
  2. 日常
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チュニジアの夜

こんばんわ。雨男です。

昨晩は昼あんなに眠かったのに、なぜか眠れず

この前記事に書いたチュニジアにちなんで
夜中に”チュニジアの夜”というJAZZのスタンダードナンバーを
関西弁に訳していました。

(なにやってんだろ、俺)

”チュニジアの夜”
チュニジアの夜 (A Night in Tunisia) は、
1942年にトランペット奏者のディジー・ガレスピーが、
ピアニストのフランク・パパレリ (Frank Paparelli) との共作で作曲した楽曲。
後に歌詞を付けられて歌曲にもなった。(Wikipediaより)

異国情緒にあふれるこの曲。
眠れない夜に、ワインを傾けながら.
聴くのもいいかもしれません。

異国の海岸


いつかチュニジアに調査に行き、
ホテルの窓から街の喧噪を眺めながら聴いてみたいものです(妄想)。

するとこんな気分になるのでしょう。

The moon is the same moon above you

Aglow with its cool evening light

But shining at night in Tunisia

Never does it shine so bright

The stars are aglow in the heavens

But only the wise understand

That shining at night in Tunisia

They guide you thru the desert sand

Words fail to tell a tale too exotic to behold

Each night’s a deeper night in a world ages old

The cares of the day seem to vanish

The ending of day brings release

Each wonderful night in Tunisia

Where the nights are filled with peace



では、関西弁で。

冷える夜に光ってる月なんてどこでもいっしょや

せやけど、チュニジアほど輝いとる月はほかにはあらへん。

天国でも星さんは輝いとる。

まぁせやけど、チュニジアの夜の輝きは、

あの、あれや、キリストはん生まれたときに

おめでとー言いにきた

東方の三賢者くらいしか知らんのちゃうかな

そうそう、星がな、星が砂漠のなかで連れてってくれるんや

こないな異国情緒っちゅーもんは、言葉じゃあかん

伝わるもんも伝わらへん

あー

ますます夜はふかまっていくなぁ

一日の疲れも吹き飛ぶわー

一日のおわりはパーって、なんていうか開放感

いや、ほんま、チュニジアの夜っちゅうのは、ええもんやなー

う、想像以上にひどい

(訳の間違いはご容赦ください)

なんか、すいません、台無しです。

こんな感じではないのです。
もっと落ち着いた夜にしたいのです。

なので
念のため、
普通の訳も書いておきます(すこし意訳きつめ)。

月はどこでも変わらない。
しかし、チュニジアの月ほど輝く月はないだろう。
天国の星もまた変わらないだろう。
しかし、砂漠を導くチュニジアの夜の輝きは、
東方の三賢者のみしか知らないように思えてくる。
この異国情緒、言葉では伝えきれない。
歴史の中で深まる夜。
疲れも消え、開放的な一日の終わり。
あぁ、チュニジアの夜が平穏をもたらしてくれる。

こうすると、ダンディーになるなぁ
(そして、お前は何をやっているんだ)

言葉は不思議だ

  1. 2012/09/01(土) 22:21:13|
  2. 日常
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Author:雨男博士
関西在住の雨男博士です。
歴史や文化財めぐりが趣味です。
だけど、旅先はいつも雨。。。

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